どんなに手探りでも、前を向いて乗り越える~リーダーとしての自覚と成長~

エンカレッジ天満橋所長
▶ プロフィール
✅ 橋本 朱音(はしもと あかね)
✅ エンカレッジ天満橋 所長
▼新卒でエンカレッジに入社した橋本さんですが、大学時代はどんな風に過ごされていたんでしょうか?
大学時代は学習塾のアルバイトとボランティアに明け暮れる毎日でしたね。ボランティアは、「ミンナDEカオウヤ」という、被災地(東北)の障害福祉事業所の工賃向上を目的に立ち上げられたプロジェクトに参加していました。現地の障害福祉事業所で作られた商品を仕入れて、関西で販売するというものです。
当時、東北で震災が起こって、何か少しでも力になれたらと思っていたんですが、学業もアルバイトもある中で、現地に行ってボランティアをするというのは現実的に難しくて、何かないかなと思っていたところ、ちょうど中学の同級生が参加してみない?と連絡をくれたんです。それで、やります!と手を上げました。
▼その時の経験で、印象に残っている出来事ってありますか?
商品を卸して下さっている現地の障害福祉事業所から、ミンナDEカオウヤのおかげで売上が何倍にも伸びて、ボーナスを払うことができて嬉しかった、といったメッセージを頂いたことが印象に残っています。それと、一度現地の事業所を回ったことがあったのですが、おかげさまで本当に助かってます、とすごく喜んでもらえたんです。その声を直接聞けたことで、「あぁ、自分も役に立てているんだな」と実感することができて、やっててよかったなと思いました。
あとは、当時梅田のスカイビルに実店舗があったんですが、ある時、株式会社インサイト(ミンナDEカオウヤのプロジェクトを運営していた会社)の社長から店長に抜擢して頂きまして…年末の追い込み時期に、売上目標を達成するためにどうすればいいか考えてやってみろ、とハッパをかけて頂いて(笑)。
とはいえ、私は接客をしたこともなければ、人の動かし方もわからないし、何もかも手探りの状態だったので、とにかく考えられることは全て試しました。スタッフ集めをしたり、販促企画を考えたり、お客さんに共感して頂けるように接客を工夫したり、メンバーにも協力してもらって、皆で一致団結して何とか目標達成できたんです。ものすごく濃い経験だったので、正直なところ詳細は思い出せないのですが(笑)、純粋に楽しかったですし、すごくいい経験をさせて頂きました。
▼かなり濃い経験をされていたんですね!そこから、就職活動はされたんですか?
もともとは学校の先生になろうと思っていたんです。でも、ミンナDEカオウヤの活動を始めてから、新卒でいきなり先生になるのではなく、一度企業で働いてから先生になった方がいいなと考えるようになって、採用試験は受けないことにしました。それなら就活を頑張っていたかと言うとそうでもなく…何となく、就活が自分事に思えなかったんですね。何社か選考を受けたりもしましたが、何か気持ちが乗り切らなくて。最終選考まで進んだ会社もありましたが、最後の意思確認で100%前のめりに答えられなくて…結局内定も決まらずといった感じでした。
「じゃあ自分はどうしたいんだろう?」って改めて考えた時に、ミンナDEカオウヤに関わっている社会人の方々が、みんな仕事に情熱を持って働いていて、すごくカッコいいなと思ったんです。せっかく働くなら楽しくイキイキと働きたいと考えていたので、この方々と一緒に仕事ができたらきっと楽しいだろうなと思ったし、自分もそういう人になりたい!と思いました。そこで、インサイトの社長に「ここで働かせてください」とお願いしにいったんです。
インタビュー1
▼なんと直談版されたんですね!他の選択肢とかって全然考えなかったんですか?
そうですね…決まらなかったらどうしよう、という不安は頭によぎりましたが、それよりもここで働きたいという気持ちの方が強くて、他の選択肢まで考えていなかったです。社長には、ミンナDEカオウヤでの働きぶりを見て頂いていたのでそこは大丈夫だったんですが、じゃあ橋本はうちで何がしたいんだと問われたんですね。そこで、「私は何がやりたいんだろう?」と改めて考えました。考える中で「人と接する仕事がしたい」ということはぶれなかったですね。
▼人と接する仕事といっても色々あると思うんですが、どんな接し方をイメージしていたんですか?
頑張ろうとしている人たちを後押しするような関わり方…ですかね。学習塾でのアルバイトがまさにそうだったんですが、合格を目指して頑張っている生徒さんをサポートする仕事にやりがいを感じていたので、そういったことがやりたいと考えたんです。
インサイトは、障害のある方が活躍できる場をつくる会社なので、自分のやりたいことができると思いましたし、ちょうどその頃にインサイトの中から別会社としてエンカレッジが立ち上がる(現在は独立)というお話も聞いていたので、その事業内容が自分のやりたいことによりマッチするんじゃないか、ということも社長に伝えました。
▼そこから、エンカレッジ初期メンバーのお一人になられるわけですが、入社してからはどんなことをされていたんですか?
4回生の8月頭に内定を頂いてから、エンカレッジの会議に参加させて頂きました。最初は、こじんまりとしたところで、立ち上げメンバー3人でエンカレッジのビジョンやミッションを考えるところから始まったんですよ。
その頃はまだ入社前で準備期間だったので、そこまで大変なことはなかったのですが、いざ卒業して正式に入社するタイミングで、京都に就労移行支援事業所が立ち上がりまして。現場は私を含め4人のみという中で、帳票や講座資料一つとっても全部ゼロから自分たちで作っていかないといけなくて、特に最初の3ヶ月位はもう毎日が戦場!という感じでした(笑)。私は就労移行の経験もなかったので、利用者さんへの声の掛け方さえ分からず…何もかも手探りの状態でしたね。
▼入社していきなり事業所立ち上げでゼロから作っていくってめちゃくちゃ大変ですよね…その状況はどうやって乗り越えたんですか?
いやーもう、やるしかないというか…根性です(笑)。ミンナDEカオウヤの頃から、ガッツがあるね、と言われていたので(笑)。私以外のメンバーも皆それぞれ担当の仕事でいっぱいいっぱいの状態だったので、私が頑張らねば!という使命感みたいなものを感じながら、やるしかない!頑張るぞ!みたいな気合いで何とか乗り切ってましたね。
▼確かに橋本さんはガッツがある印象ではありますが(笑)、当時そのエネルギーはどこから出てたんでしょうか?
やっぱり、エンカレッジを必要として来て下さる利用者さんや、自分に仕事を任せてくれる上司や先輩がいたからですかね。経験不足な中でも自分の力が役に立つこともあるんだろうなということは感じられたので…周りの方々に必要として頂けていたことが大きかったと思います。
▼そんな激動の立ち上げ期を経て、その後はどうされていたのでしょうか?
2年目の4月にエンカレッジ大阪(本町)が立ち上がり、私は6月に大阪へ異動になりました。大阪には10ヶ月間在籍していたのですが、当時は新しい環境に慣れながら、初めての仕事を任せて頂いたりしていくうちに、月日が飛ぶように過ぎていった気がします。私が担当したご利用者さんの中から、初めて就職者が出たのもこの時でした。
その後、2016年4月に心斎橋が立ち上がったんですが、現場は入社半年の中途社員が1名と新入社員3名に私というメンツだったこともあり、一気に責任感が増したんですね。大阪の時は、すでに引っ張って下さる方々がいたんですが、心斎橋では自分が引っ張っていかないといけないだろうな…と必然的に意識せざるを得ない状況でした。とはいえ、まだまだ経験も浅かったので、大丈夫かなという不安はありましたし、心理的にもプレッシャーがかかっていたと思います。
▼自分がリーダーにならざるを得ない環境の中で、大変だったことってどんなことでしたか?
イレギュラーな事があった時の対応が難しかったですね。当時、関係がぎくしゃくしていた利用者さん達がいらっしゃって、その仲裁に入らないといけないことがあったり…それまでであれば上司や先輩方が対応して下さっていたことも、自分が矢面に立たないといけなくなったりしたので、大分鍛えられました(笑)。
あと、他のスタッフが後輩とはいえ皆さん年上だったので、接し方には気を遣いましたね。もともと人に何か注意したり指摘したりすることは苦手なんですが、やっぱり伝えなきゃいけない場面はあるので、そういう時にどうやって伝えたらいいんだろう?と試行錯誤していました。
▼そんな風に、人と関わる上での難しさを色々と経験されてきた中で学んだことってありましたか?
色々と受け止められるようになりました。心の許容範囲が広くなったというか、何かあった時に、まあそんなこともあるよねと思えるようになったというか(笑)。たとえば、相手の考えが自分としては違うんじゃないかな?と思うことがあったとしても、その人なりの理由があってそう考えているんだろうな、と受け止められるようになりました
それまでは、相手に対してなんか違うなと思うことがあると心がざわつくことも多かったんですが、そういうのは大分なくなりましたね。利用者さんにしろ、スタッフにしろ、大抵のことでは驚かなくなりました。おかげで、ある利用者さんから「菩薩ですね」と言われたこともありましたよ(笑)。
▼もはや往年の社会人経験者が語るような学びを得られたわけですね(笑)。その後は、天満橋に行かれたんでしたっけ?
2017年11月からエンカレッジ天満橋の立ち上げに携わりました。心斎橋の時に経験した立ち上げのノウハウやイメージがすでにある状態だったので、その時と比べると大分やりやすかったです。それに、すでに現場で活躍している社員がいてくれたことも心強かったですね。
そこから、2018年4月に所長という役割を頂いて、考えることがガラッと変わりました。立ち上げ当初の立場は主任だったので、そこまで自分が主になって考える役割ではなかったんですが、所長になったことで、事業所全体のことを考えて、戦略を練って、スタッフに指示をして、運営を管理して…というように、プレイヤーだった頃から担うべき役割が大きく変わりました。たとえば、今利用者数が少ないからどこからどう確保するかとか、いつどの利用者さんに就職してもらうことを目指すのか、そのためにいつから就活に向けた動きをとるのかなどの戦略を考えて、それをメンバーに伝えて実行してもらう、監督のような役割ですね。
とはいえ、所長になった当時は自分のやるべきことも明確にはイメージできてなくて、この一年かけてようやくイメージができてきた、という感じです。
エンカレッジ天満橋
▼橋本さんとしては、今後天満橋をどういう組織にしていきたいですか?
スタッフ一人ひとりが考えて動いて活躍する組織にしていきたいです。チームワークを発揮して、お互いに補い合いながらも、ただ雰囲気がいいだけではなく、ちゃんと成果を出せる組織でありたいと思います。目指している方向性はみんな一緒だと思いますし、前向きな思いを持っているスタッフばかりなので、後は上手く戦略を考えて指示を出すのが私の役割ですね。
目の前のことだけでなく、先を見据えて色んな想定をして、計画的に物事進めていくことが必要なので、今後のことを考える時間を取っていきたいと思っています。去年はプレイングマネージャーだったんですが、この4月から、利用者さんのグループ担当は全て他のスタッフに任せることになったので、これからしっかり考える時間を取っていきたいです。
▼この仕事のやりがいって、どういうところにあると思いますか?
利用者さんの成長や変化を間近で見られることがやりがいですね。以前担当した方で、最初お会いした時は、親御さんに連れられて来て、話をする時に顔も上げられない方がいらっしゃって。でも、真面目で素直な方だったので、少しずつグループワークで発言できるようになり、スキルアップもできてきたところで、急にがくんと下がってエンカレッジに来られなくなってしまった時期があって。ご家族とも相談して、本人にも電話で根気強く連絡をして、面談もしながら少しずつ通所できる日を増やしていって、最終的には、就職も決まって、今は「会社の戦力になってくれています」と企業の方から太鼓判を押してもらえるくらいになっています。ご本人やご家族の葛藤をそばで見てきたからこそ、活躍されている姿を見られるのは嬉しいですし、このために仕事しているなと思いますね。
インタビュー2
▼最後に、どんな方と一緒に働きたいかを教えてください!
やっぱり想いを持った方と働きたいですね。エンカレッジのビジョンやミッションに共感して前に進みたい、純粋に利用者さんの役に立ちたい、という想いのある方は活躍できる会社だと思います。
あとは、まだまだ若い会社ですし、年齢・キャリア・社歴問わずに発信できるので、自分が提案したものが実際に形になるところが魅力だと思います。自分の強みとエンカレッジの強みをミックスさせて、これまでの常識や概念に囚われず、新しい発想で柔軟に取り組める方は向いていると思いますよ!
番外編:プライベートの過ごし方
お休みの日の過ごし方は模索中なんですよ。冬はスノボに行ったりするんですが、他に趣味がないもので…おすすめの過ごし方があればむしろ教えてください(笑)
 この記事を書いた人
インタビュワー
✅ 喜多 佑衣
✅ エンカレッジ 経営管理部 広報担当
大阪生まれ大阪育ち。新卒入社した人材派遣会社をわずか10ヶ月で退職した後、教育系NPOや大学のキャリアセンター、企業の人事採用担当など、教育・人材に関わる仕事を経験。様々な理由で働きづらさを抱える人が身近にいた経験から、そういった方々に貢献できる仕事をしたいと思い続け、2018年12月よりエンカレッジ入社。”広報”という手段を通して、エンカレッジが掲げるビジョンの実現に向けて奮闘中。