人を通して自分を知る、「自分病」というこだわり~人生のどん底からもう一度社会へ~

エンカレッジ心斎橋 主任
▶ プロフィール
✅ 安田 直史(やすだ なおふみ)
✅ エンカレッジ心斎橋 主任
まずは、エンカレッジに入社する前のことをお伺いしたいのですが、安田さんはこれまでどんなキャリアを歩んでこられたんでしょうか?
そうですね、今の僕のルーツを遡ると、中学時代から始まっていると思います。中学の時に、いわゆる不登校というか、学校に行けなくなったことがありました。「学校に行かなきゃいけないのに行けない」というジレンマに陥って、自律神経の疾患になってしまったんですね。半年間の入院生活を経て退院したんですが、その後もずっと学校には行けないまま卒業したんです。そのため、内申点がほとんどない状態だったので、地元の定時制高校に進学することになりました。ただ、色々あって中退することになってしまいまして。そこから、しばらくは中卒でフリーター生活をしていました。
その後、バイト仲間の薦めで通信制高校に進学した後、映画を撮りたいと思い、映像系の専門学校に入学しました。卒業後はテレビ番組の制作会社に就職したんですが、入社1ヶ月位であっさりと辞めてしまいまして。そこからまたフリーター生活が始まりました。
フリーター時代は本当に色んな仕事を経験しました。飲食店、ゲームセンターの店員、建築現場の作業員、新聞配達、テレアポや飛び込み営業など、期間も長期から短期まで、数え切れないくらい様々な仕事をしていました。
中学時代から激動の人生を歩まれていたのですね…フリーター時代を経て、その後はどうされたんですか?
エンカレッジに入社する前、一番長く勤めていたのがある通信会社だったんですが、そこでうつ病になってしまったんです。詳しい経緯は差し控えますが、ある日の朝、急に起きられなくなったんですよ。それまで普通にご飯も食べられていたし、睡眠もとれていたので自覚はなかったのですが、家族から様子がおかしいから病院に行った方がいいんじゃないかと言われて受診してみたところ、うつ病と診断されたんです。言われてみれば、それまではできていたルーティンワークができなくなったり、細かなミスが増えたりという兆候はあったんですが、まさか自分が、といった感じでした。
そこからは人生のどん底でしたね。薬の副作用もあって体はしんどいし、なんでこんなことになったんだろうと自責の念に駆られたり、トラウマのような映像が夢に出てきたりして、社会と途切れてしまったような状態でした。そんな中、当時はSNSとオンラインゲームでの人とのつながりが心の支えでした。その後約二年の闘病生活を経て、復職の時期がやってくるんですね。頭では治ったと思っているんですが、実際は機能面でまったくダメで…また、できていた当時とどうしても比べてしまって落ち込んだりもしました。ずっと不全感を抱えていて、このままだったら生活保護を受けないといけないかもしれない、と考えたこともありました。
そんな壮絶な過去があったのですね…そこから、どうやって回復していかれたのでしょうか?
休職中も色んなことを考えていて。本当に自分には価値がないのだろうか?なんでこんなことになったんだろう?と、ずっと自問自答していたんですが、ある時こう思ったんです。自分は他の人とは違う経験をしているのだから、この経験を何かしら自分のキャリアに活かす方向に持っていけないものかな?と。自分のこのネガティブな経験も、環境が変わればポジティブになるのではないか、と考えました。
たとえば「学校に行かないといけない」「会社で働かないといけない」というのは、一つの枠組みでしかないんですよね。物事の見方を変えれば、それとは違う枠組みで、自分を活かせるところがあるのではないか、何かしら人の役に立つことができるんじゃないか、と考えたんです。
そこでご自身の捉え方をガラッと変えることができたのは、どうしてだったのでしょうか?
何でなんでしょうね…人間、本当にどん底に陥ったら、浮上するしかないのかもしれません。というか、当時の自分にとってはそう考えるしかなかったんだと思います。だから、失敗してもいいから、一歩一歩行こうと思って。そこで当時見つけたのが、障害福祉の仕事でした。身体・知的・精神障害の方の就労継続支援(A型・B型)事業所だったんですが、面接ではうつ病のこともすべて開示した上で、「リハビリと言っては失礼かもしれませんが、働かせてください」と伝えました。パート雇用ですが、採用していただき、職業指導員として再スタートしました。
インタビュー1
そこから一歩目を踏み出されたんですね。どんなお仕事をされていたんでしょうか?
立ち上がったばかりの事業所ということもあり、(利用者さんが取り組む)仕事がなかったので、主に営業活動をしていました。内職の仕事をとってきたり、利用者さんにハンドメイドのアクセサリーを作ってもらって、販路開拓をしたり、ネット通販をしてみたり、何とか工賃を上げられないか?と日々考えながら、利用者の皆さんと生産活動をしていました。
そこで働き始めてからは、メンタルダウンすることはなかったです。役割が与えられたことによって、「自分にできることってなんだろう?」という風に、意識が内から外に向いたことが大きかったのかもしれませんね。
とはいえ、自分から営業をかけていく仕事って、しんどくなかったのでしょうか?
フリーター時代にテレアポや飛び込みも経験していたので、営業自体に大きな抵抗はなかったですね。
でも、いくら仕事をとってきても、二束三文にしかならなくて、その工賃で(利用者さんたちが)生活できるとは到底思えない状態でした。利用者さんも器用な方ばかりではないので、色んな苦労をしながら、ようやく商品を作れるようになって、「やった!」「できた!」の笑顔の割には、全然お金にならないな、と。
それで彼らが満足しているならいいじゃないか、という見方もあると思うんですが、たとえば結婚だったり、子育てだったり、やがてやってくるライフステージの変化もあるわけじゃないですか。長い目で見た時に本人の可能性を狭めてしまうことがあるとしたら勿体無いんじゃないか、と思ったんです。せめて、彼らが何とか生活できるくらいのお金を生み出せないと…と常々考えていました。
確かにそうですね。その人その人に合った働き方や社会への関わり方ができればという前提はありつつも、ご本人にとって可能性を拡げられるような選択肢はあったほうがいいですよね。
そういったことを職場の人に話してみたところ、「安田さんは就労移行の方が向いているのかもしれないね」と言われたんですよ。当時は就労移行のことはよく知らなかったので、なにそれ?という状態だったのですが(笑)、ちょうど興味のある求人を見かけたんです。精神障害のある方の社会復帰をサポートする、リワーク事業という取り組みがあるのですが、その事業を市から委託を受けて運営していた団体に支援員として入りました。この仕事をしていた時に、今の仕事にもつながるキャリアカウンセリングの勉強もさせてもらいました。
その仕事を契約期間満了で終えた後、人材派遣会社に登録をしまして、縁あってエンカレッジ大阪(本町)がスタートするタイミングで、開所メンバーの一人として迎え入れていただけることになりました。
そこで就労移行の仕事につながるわけですね。今の仕事で大事にされているのはどんなことですか?
僕としては「確認」をすることが仕事だと考えていますね。相手が何を考えているのか、相手からはどう見えているのか、相手はなぜそう思っているのか…など、対話しながら確認していくイメージです。さらに、自己開示をして自分のことも相手に知ってもらう。自分から伝えることで、相手が心を開いてくれることもあります。その上で、僕だったらこう思うけど、実際はどうなのか、相手は自分と何が違うのか、どんなギャップがあるのかを確認しながら、自分の中でのズレを修正していきます。
根本的に、「人を知りたい」っていう欲求があるんですかね。というより、それが分からないと、僕にとっての支援はできないと思っています。僕はこれを「自分病」と言っているんですけど。
自分病…ですか。それってどういう意味なんでしょうか?
はじめにお話した通り、僕は中学時代学校に行けなかったんですが、今でこそ不登校という概念は一般的に知られていますが、その当時は学校に行かない人っていうのが(ほぼ)いなかったんですよ。自分は明らかに人と違う存在だったので、どうして自分はこうなんだろう?って、それこそ、自分は宇宙人なのかな?と思ってしまうくらい不思議だったんですね。そこから「自分を知りたい」っていうこだわりが始まっているんだと思います。確認をするのも、相手を通して自分を知ることができるからなんでしょうね。別に自分のことなんて知らなくても生きていけるのかもしれませんけど、僕は今も昔も変わらず自分をこだわって確認しているんですよね。だから、「自分病」なんですよ。
インタビュー2
仕事を通して自分自身を知ろうとしているということなんですね。実際に就労支援の仕事をする中でのやりがいって、どんなところにあるのでしょうか?
発達障害のある方って、人生の中でネガティブな経験をしている方が多いんです。だからこそ、(利用者さんが)過去のネガティブな経験がポジティブに変わるような気づきを得られた瞬間は純粋に嬉しいですね。たとえば、人と話すのが苦手だと言っていた人が周囲の人と上手くコミュニケーションを取れるようになったり、自分の想いを適切に伝えられるようになったり。
ちなみに、僕は「成長」という言葉はあまり好きじゃないんです。本人が成長を実感することはいいことなんですが、支援する側の目線で成長したかどうかを評価することには違和感がありまして。というのも、こちら側(支援者側)が気づいていなかっただけで、何かのきっかけで本人がもともと持っているものが見えてきただけかもしれないじゃないですか。そう考えると、成長というより「気づき」だと思うんですよね。
それもきっと安田さんのこだわりなんですね。安田さんはエンカレッジ心斎橋の主任でもありますが、その役割を担うようになってから、何か変化はありましたか?
事務的な業務が増えたりはしましたが、大きくは変わっていないと思います。強いて言えば、主任になる時に「みんなが働きやすいように環境を整えてほしい」と言われていたので、人の話を聴く機会はよくありますし、組織の中で調整弁のような役割を担うようにしています。フリーター時代から、後輩や仲間を誰ひとり辞めさせないようにしようという考え方で仕事をしていたので、昔から期待される役割は変わっていないのかもしれないですね。
そんな安田さんの今後の目標や、やりたいことってなんでしょうか?
語弊を恐れずに言えば、障害者雇用と一般雇用、みたいな枠組みがなくなればいいなと僕は考えています。そういう決まった枠組み以外のところでも、(当事者と企業とが)お互いのことを知れる機会をつくっていきたいですね。
さらに言えば、企業の方だけでなく、当事者の方が地域の色んな人たちと関われる場があればと考えています。たとえばそこには定年を迎えた人がいてもいいし、一人っ子の子どもがいてもいいし、色んな年代、所属、立場、考え方を持った人が集まることができて、相互に関わり、誰かに向けて貢献できるきっかけを提供できたらなと思っています。そういう場があれば、(職業としての支援者ではなく)支援者の役割を担ってくれる人が、地域の中で自然発生的に生まれていくんじゃないかなと。自分自身も、周りにいた色んな人に成長させてもらったと思っているので。それが、本来的なダイバーシティ&インクルージョンなんじゃないかなと思います。
そもそも、自分たちができることって社会の中では一つの点でしかないですよね。だから、他の様々な団体や人と協働しながら、そういった機会や場を一緒に創っていけたらと考えています。そのためにも、色んなところに顔を出していこうとしているところです。外の世界を知ることで、今の仕事にもお土産を持って帰ってこられるのではないかなと思います。
最後に、どんな人と一緒に働きたいか教えてください!
自分の価値観を尖らせられる人、ですかね。こちらの言っていることを鵜呑みにするのではなく、その人にとっての仕事の意味や意義を尖らせていって、新しい気づきや刺激を私に与えてくれる人と働きたいですね。その中で摩擦もあるかもしれないですが、だからこそ色んな化学反応が生まれるんじゃないかと思います。自戒も込めて言いますが、感情や性格に左右されるのではなく、価値観で仕事をしていきたいので、仕事の価値や目的を一緒に考えられる人、あ、あと優しくてフォローしてくれる人がいいです(笑)。
番外編1:プライベートの過ごし方
休みの日は身体を休めることを第一にしているので、家でゆっくり過ごすことが多いですね。ベッドに横たわってべったりしているので、地球と仲良しです(笑)。
外に出る時は飲みに行ったりします。人と話すことは好きですね。
あと、僕は仕事とプライベートっていうのをはっきり分けたいタイプでもないので、休みの日も結構仕事のことを考えていたりしますよ(笑)。
 この記事を書いた人
インタビュワー
✅ 喜多 佑衣
✅ エンカレッジ 経営管理部 広報担当
大阪生まれ大阪育ち。新卒入社した人材派遣会社をわずか10ヶ月で退職した後、教育系NPOや大学のキャリアセンター、企業の人事採用担当など、教育・人材に関わる仕事を経験。様々な理由で働きづらさを抱える人が身近にいた経験から、そういった方々に貢献できる仕事をしたいと思い続け、2018年12月よりエンカレッジ入社。”広報”という手段を通して、エンカレッジが掲げるビジョンの実現に向けて奮闘中。